仮説探索的研究と仮説検証的研究-solanezumab治験論文を例に

仮説検証的研究と仮説探索的研究の好循環 臨床研究計画
仮説検証的研究と仮説探索的研究の好循環

前回、事前に仮説を立て、それを検証するための研究デザインを決めてから研究をすると、研究の質が高まる、と説明しました。

一方で、仮説がうまく立てられない場合、探索的に多くの統計を行って知見を見出すわけですが、そのことをlimitationとして示す必要があります。

このような仮説の有無の違いで、研究はどのように違うのでしょうか。研究計画でどんなことをしているか、アルツハイマー病の治療薬として期待されたsolanezumabの論文を実例に紹介します。

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探索的研究と検証的研究

仮説を事前にきちんと立てるか、立てないかで、研究は大きく2つに分類されます。


仮説の有無で研究は2つに分類

仮説探索的研究(exploratory research)

事前に特定の仮説を持たず、データを用いて仮説を新たに見出そうとする

仮説検証的研究(confirmatory research)

事前に仮説を設定し、その仮説が正しいかデータを用いて検証する

仮説検証的研究は事前に仮説を立て、その仮説を統計学的に証明するために必要な研究デザイン設計や症例数計算を行い、事前の計画の通りデータを集め、解析を実施することで、仮説が正しいかを検証するため、仮説探索的研究より研究の質が高くなります。治験の第3相試験は検証的研究に当たります。

仮説探索的研究は、事前に明確な仮説はないものの、ある程度のあたりをつけて網羅的に解析することで、新たな仮説を立案することが目的です。

研究デザインとしては当然仮説検証的研究の方が優れていますが、そもそも仮説を見い出すという作業が必要になります。この2つの研究タイプは相互補完的に実施されているわけです。

仮説検証的研究の計画と解析

仮説検証敵研究の計画ではどのようなことが行われるのでしょうか。

例えば、アルツハイマー病治療薬として期待されたSolanezumabという薬のPhase 3 trialを見てみます。

Phase 3 trials of solanezumab for mild-to-moderate Alzheimer’s disease.

N Engl J Med. 2014 Jan 23;370(4):311-21. doi: 10.1056/NEJMoa1312889. Clinical Trial, Phase III; Multicenter Study; Randomized Controlled Trial; Research Support, Non-U.S. Gov’t

この論文のAbstractの末尾を見ると、

ClinicalTrials.gov numbers, NCT00905372 and NCT00904683

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24450890

と記載されています。

ClinicalTrials.govは、アメリカが運営している、計画・実施されている臨床研究を登録するシステムです。

治験などの臨床研究では、事前に研究計画を綿密に立てることが重要ですが、実際にどのような計画で研究を行うかを、データ収集前から登録・公開しています。

何のためにそんなことをしているのかというと、HARKing(探索的に解析をした結果から仮説をでっち上げ、あたかもその仮説を初めから立てていたかのように振る舞う)を行なっていないことを担保するためです。

例えばNCT00905372のClinicalTrials.govをみてみると、2009/5/20にこの研究計画が登録され、2012/9/25に最後の更新がなされ、その時点で既に研究デザインとして、1000例を対象としたRCTで薬剤とプラセボを比較し、primary outcomeとしてADAS-Cog11とADCS-ADLを、そのほか様々な2ndary outcomeを比較すること、対象のinclusion criteriaが記載されています。

そして2014/1/23に発表された上述の論文で書かれているMethodsはこの内容と一致しています。

今回の「solanezumabはADに有効」という仮説を検証するための方法が事前に計画され、その通り研究を実施した、という仮説検証的研究になっているのです。

残念ながらこの研究の結果は、「solanezumabは認知機能も全般的な機能も改善しなかった」というネガティブな結果になりましたが、「AD患者の脳に蓄積しているアミロイドを除去すれば、障害が改善するか」という重要なリサーチクエスチョンに対する適切な仮説・計画立案に基づいて実施された研究のため、ネガティブな結果でも意義があるとして、The New England Journal of Medicineに掲載されたわけです。

このようなリサーチクエスチョンを事前に考える重要性は、以前別の記事に書いたので、読んでみてください。

なお、これだけしっかりした研究計画を立てるのは大規模な治験だからであって、一般的な医師が行う臨床研究では関係ない、と思われるかもしれません。

答えは半分yesで半分noです。

日本では2018/4/1に臨床研究法という法律が施行されました。この内容の詳細はここでは省きますが、簡単にいうと、「医薬品などを用いた介入研究を実施する場合は、ClinicalTrials.govなどに事前登録し、研究不正や有害事象による参加者の不利益が起きないような配慮を義務付ける」という法律です。

なので、何らかの介入研究を実施しようと考えた場合、日本ではほとんどの場合きちんとこのような研究計画の事前登録・公開をする必要があります。

一方で、観察研究をする場合はその限りではありません。

仮説探索的研究に用いるデータはどこからくる?

では、仮説探索的研究は事前に特定の仮説を持たず、ということですが、何も考えずにデータを収集し、適当に統計解析を実施すればいいか、というとそういうわけではありません。

仮説探索的研究に用いるデータはそもそも事前に特定の仮説を設定していません。ではどうやってデータを集めるのでしょうか。方法は主に2つです。


仮説探索的研究のデータ収集

・一般臨床で集積されたデータ

・仮説検証的研究で集積されたデータ

一般臨床で集積されたデータで仮説探索的研究を行う

例えば認知症の臨床を考えると、診断や治療効果、長期的な経過を検証する目的で、認知機能評価尺度(MMSEなど)、重症度(FASTやCDRなど)、精神症状の評価尺度(NPIやBehaveADなど)、ADLの自立度(Barthel indexなど)、診断名、MRIなどの頭部画像検査、血液検査といったデータが横断的、縦断的に得られるはずです。

これらのデータが一般臨床でどの程度欠損なく集められるかは、リソースの問題や一般臨床をどの程度研究に還元したいかという意識によりますが、このような一般臨床の枠組みで得られたデータは臨床の枠組みで自然に集まりますし、後方視的に仮説探索研究を行うことができます。

この際、スムーズに研究に移行させるためには、普段の臨床で、各疾患をどの診断基準で診断するか、診断のための症状などをどのように評価するか、といったことを定めておくと、臨床だけでなく研究にも使える情報を収集することができます。

この場合もせっかく研究につなげようという意図があるのであれば、どんなリサーチクエスチョンを解決するのかを意識しておいたほうが、データは溜まったけれども意味がなかった、という事にならずに済みます

レセプトのデータを用いた研究などもこういった情報による仮説探索的研究と言えるでしょう。

レセプトの場合は保険診療の関係でデータにやや歪みがあるかもしれません。そのようなデータの特性に注意しておく必要はあります。

仮説検証的研究で得られたデータで仮説探索的研究を行う

もう1つは、仮説検証的研究で得られたデータから副次的な研究を行うという方法です。

例えば、先に挙げたsolanezumabのPhase 3 trialですが、せっかくの巨額を投じて大規模なRCTを行なったのに、仮説が証明できなかった、というネガティブな結果だけではもったいない、ということで、新たな仮説を立てるための仮説探索的研究が行われ、論文が発表されています。

Phase 3 solanezumab trials: Secondary outcomes in mild Alzheimer’s disease patients.

Alzheimers Dement. 2016 Feb;12(2):110-120. doi: 10.1016/j.jalz.2015.06.1893. Epub 2015 Aug 1. Clinical Trial, Phase III; Multicenter Study; Randomized Controlled Trial; Research Support, Non-U.S. Gov’t

元々、solanezumabは軽度から中等度のアルツハイマー病の患者を対象にsolanezumabの効果を検証するために計画された研究ですが、そこで集められたデータを用いて、当初の計画には入っていなかったが、軽度のアルツハイマー病患者だけを対象に同様の解析をしたら、solanezumab投与群ではプラセボ群より認知機能などの改善を認めた、と報告しています。

つまり、仮説検証的研究で集めたデータを用いて、新たな「軽度アルツハイマー病患者にsolanezumabは有効である」という仮説を見出した、仮説探索的研究を行なったわけです。

この論文はあくまで仮説探索的研究の結果なので、Abstractの最後にも、「次のEXPEDITION 3というPhase 3 trialで、この仮説を検証する」と締めています

このように、大規模で緻密に計画された仮説検証的研究のデータを副次的に用いて、仮説探索的研究を行った論文というのは数多く存在します。

その際に、その論文はあくまで仮説探索的研究である、というlimitationを述べておく必要があります。

仮説探索→仮説検証→新たな仮説探索の好循環を

仮説探索的研究をするにしても、そのためのデータを収集するためには、一般臨床のデータを利用する場合も、どんな評価を体系的に実施し、臨床に役立てた上で研究につなげるかをきちんと計画することは大切です。

仮説検証的研究を実施したあと、副次的に探索的研究をする場合は言わずもがなです。

仮説探索的研究で新たな仮説を報告→報告した仮説に対し仮説検証的研究を計画・実施・報告→残ったデータで新たな仮説を報告という好循環が、研究室の中でできるといいですね。

仮説検証的研究と仮説探索的研究の好循環

仮説検証的研究と仮説探索的研究の好循環

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