前回の続き。若手の先生の学会発表の内容を見ていて、僕が繰り返し修正を求めた3つのこと。
今回はこの3点のうち2つ目、「論文のスタイルに引っ張られすぎるな」ということついて思うところを書いています。
ちなみに前回の「学会発表目的を明確にし、情報を取捨選択せよ」はこちら。
論文と学会発表は違う
論文と学会発表はどちらも自分の研究の結果や経験した症例を他者にプレゼンテーションするという点では同じですが、違うところが多くあります。
論文 | 学会発表 | |
目的 | 科学的に厳密な報告 | 自分(の業績)のアピール |
形式 | 背景/方法/結果/考察 | 自由 |
時間制限 | なし | あり |
読み手 | 読み返せる | 読み返せない |
このように、発表の目的、形式、時間的制約、読み返せるかの点で論文と学会発表は異なります。
これだけ異なるので、学会発表では論文と伝えたい内容は同じであっても、同じような方法・順序で提示していてはうまくいかないのです。
視覚的なわかりやすさ-図>表>箇条書き>文章
学会発表のスライドで提示する情報は、短いスライド提示時間でパッと見て要点がわかるよう、視覚的にわかりやすいことを重視するべきです。
例えば、次のような、「経過とともに認知機能検査が良くなった」という情報を図、表、箇条書き、文章でそれぞれ提示してみます。
この表から図を作るのはエクセルで簡単にできますが、全く同じ情報を提示しているにも関わらず、図の方が圧倒的にすぐに意味が理解できます。
論文では正確な数値を提示するために表を用いたほうが良い場合も多いでしょうが、学会発表の場合は限られた時間でその数値の意味を理解してもらうことを重視する必要があります。表から図を作るという手間を惜しまないことが重要です。
同じことが、文字情報よりも表の方がわかりやすい、ということについてもいえます。
また、どうしても文字での情報を提示しなければいけない時は、だらだら文章で書くよりも簡潔に箇条書きした方が、一瞥してわかりやすいということも意識すべきです。例えば、下の文章と箇条書きを見比べてみてください。
学会発表ではスライド作りの際、発表の目的を明確にすることが重要になる。そして発表の目標を達成するために、まず必要な情報を列挙し、それ以外の情報は最低限の提示に止める。列挙した必要な情報を、適切な順序に並べ替え、アウトラインを作ったら、そのアウトラインをスライドタイトルとし、「1スライドに1話題」を意識して肉付けする。最後に伝えたかったことをTake Home Messageとして再掲する。このように意識すると、無駄な情報のない、しかし必要な情報を網羅したスライドを作ることができる。
学会発表のスライド作りで意識すべきこと
・発表の目的(何を伝えたいか)を明確にする
・発表目的を達成するために必要な情報を列挙する
・必要な情報以外は最低限の提示に止める
・列挙した必要な情報の順序を考えアウトラインを作る
・アウトラインをスライドタイトルとし、「1スライドに1話題」として肉付けする
・最後に伝えたかったことを再掲(Take Home Message)
これは前回のこのブログの投稿の最後に載せたまとめです。当然ですが一瞥して箇条書きの方が内容を把握しやすいわけです。この箇条書きのスライドを提示して、口頭では上の文章を話す、というのがプレゼンテーションとして真っ当なわけです。
スライドに文章を書きそうになったら、少なくとも箇条書きや表、できれば図にできないかを考えましょう。
「読み返さなくても済む」順序や小括の挿入を意識
論文は基本的に”Introduction”, “Methods”, “Results”, “Discussion”, “Conclusions”という順序で構成されています。
症例報告の原著論文の場合も、”Introduction”の後にどのような症例かを提示し、その症例の特殊な所をどのように評価したかという”Methods”、その後に”Results”, “Discussion”に続くことが多いでしょう。
これは、
Introduction: これまでの研究でこのような背景があったので、このようなリサーチクエスチョン/仮説を持った。
Methods: そこでその解決/検証のためにこのような研究を計画した。
Results: その結果、このような知見が得られた。
Discussion: このことからこのように考察・解釈する。
Conclusion: 最後に言いたいことをまとめる。
という論理的な展開を表すためです。
一方で、1つの報告では複数の検証を行っていることもしばしばあり、Methodsの部分で
「1つ目の解析は・・・。2つ目の解析は・・・。3つ目の・・・。」
列挙された上で、Resultsで
「1つ目の結果は・・・。2つ目の結果は・・・。3つ目の・・・。」
と提示されます。
そのため、論文を読んでいてResultsに差し掛かった時に、「そういえば2つ目の結果はどういう解析をしてたんだっけ?」とMethodsを振り返るということは多いでしょう。
学会発表では聴衆がこの「振り返る」という作業ができません。
そのため、「1つ目はこんな解析をして、結果はこうだった。2つ目は・・・」とテーマでまとめてMethodsとResultsを入れ子にした方が、聴き手にとって理解しやすくなるでしょう。
このように、論文で提示すべき順番と異なる順序で学会では発表する、というのも有効です。
また、このようにテーマごとに方法と結果を入れ子にして提示したのであれば、その度にそのことで得られた結果の解釈を小括して提示するのも良いでしょう。つまり、「〇〇の方法で評価したところ、▲▲の結果だったので、□□という状態だったと考えられた」という提示を繰り返すわけです。
必要であれば同じ情報を再掲する
これは先程の「読み返さなくて済む」と重なりますが、何かしらの評価をして図1という結果が得られたとしましょう。
のちに考察する時にこの結果に関連したことを述べたい時に、口頭で「さっき示した図1の通り」とだけ言われても、聴いている側からしたら「??」となります。
そんな時はもう一度この図1を改めて提示してもいいわけです。
ポスター発表の場合は幸いいつでも別の場所にある図表を見れるので不要ですが、口頭発表では必要であれば同じ情報を再掲することも検討してみましょう。
論文と学会発表は伝える内容は同じでも形式は全く違う
論文も学会発表も、何か新しいことを伝えるという目的は同じですし、新しいことを見い出すために行うことも同じです。
しかしそれをどのように提示するかは、発表する手段が異なるので全く変わります。
僕の上司が時々「もう論文に仕上げちゃった内容を発表する時はスライドが論文ぽくなって困る」と笑っていましたし、僕自身も昔、「最終的に論文にするんだから、論文で使える図表を学会発表の時点で作ることを意識しよう」と思って学会発表のスライドを作っていた時期があります。
ですが、学会発表のスライドを論文と同じスタイルにしようとすると、伝えたいことがうまく伝わりません。
論理的な思考や実際の検証は論文と同じように行い、得られた結果をどのように提示するかは論文と学会発表でそれぞれの特性に合わせて変えることが大切です。
実は学会発表が論文のスタイルに引っ張られてしまうのは、お手本になる症例報告の教材が論文だから、という原因もあるかと思います。
論文はpubmedや日本語であればJ STAGE、医中誌などで手軽に入手することができます。
一方でお手本になるような症例報告の学会発表のスライドを手に入れるのは難しいです。
所属施設の先輩の過去のスライドを見せてもらったり、SlideShare(ちょっとスタイリッシュすぎて学会発表には向かないスライドが多いですが、それでも時々学会発表の参考になるスライドがあります)のようなサイトから探してみるのもありでしょう。